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大変ご無沙汰しておりました。

2月16日を最後に三か月ぶりの更新に相成りました。

三か月間何をしていたのかって?
はい、これからお話いたします。

2月に眼科にも通い 3月には眼圧も落ち着き ブログの更新とも思いましたが すっかり身に付いたサボり癖 瞬く間に3月も末になっておりました。

そんな3月30日 車を運転していると 何やら胸が苦しいのです。ゲップが出そうで出ない 空気が胸で溜まって苦しいんですね。
少し車を止めて休めば治るだろうと思っていました。

しかし胸の苦しさは一向に収まらず まるで心臓を握られているような苦しさ、冷や汗が出始め、左腕の麻痺、顎の関節の痛み、車のハンドルにもたれかかる様にしておりました。

車を止めている場所から自宅まで15分程度 山道を走れば10分 国道を走れば15分 
少々時間は掛かりますが 国道を選択しました。
今止まっている場所も 車の往来が少ないので 車の中で気を失っても 誰にも気が付いてもらえないかも知れません。
多少時間は掛かっても 国道であれば 最悪 車を止めて歩道に倒れ込めば誰かが助けてくれるかも知れない。交番に助けを求める事も出来る。車が動いてる最中 気を失うなんて考えは及ばないんですね。それほど苦しいのです 息を短く早くするのが精一杯でした。

それでも 14時30分には 何とか家までたどり着き 自分の部屋に転がり込むように入り 冷や汗で濡れた服を脱ぎ 布団に入りました。
酷く寒気がしたんですね。猫達はそんな異常な私を見て 目をまん丸にして遠くから眺めていました。

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「苦しんでいる おとうちゃんはとても怖いので 早くあっちへ行けと 思いました(=^・^=)」

布団の中で苦しさに耐えながら 車で家まで戻れたのだし このまま休んでいれば治るかもしれないとも思いましたが 今なら病院も普通に開いている時間 タクシーで近くの内科 循環器の小さな病院まで行く事に

タクシー会社も近くでしたのですぐに来ました。3分程で病院に付き すぐにベットへ 看護師さんが心電図を付けようとするのを医師が「あー 止め止め 心筋梗塞だからすぐに救急車」 (あーやっぱり)て思いましたね。
それからすぐに救急車が来て ベットから担架に移され救急車で10分程で北海道循環器病院へ到着、着いたとたん集中治療室へ 苦しくて仰向けに寝かされ 記憶に残ったのは 救急車の天井 後は病院の中を移動する際の天井の流れる蛍光灯ですね まるで映画か テレビドラマのワンシーンの様でした。

集中治療室に着いてからというものは 全てが同時進行 一秒の時間も無駄には出来ないって感じでした。
質問と医療行為がほぼ同時進行で行われていきます。

質問されていながら服を脱がされ 造影剤を入れるのに足の付け根の毛をそられる 準備が整ったところで手術室に移動、カテーテルでの治療なので局部麻酔で手首の動脈から挿入され心臓の詰まった部分を風船で広げて治したみたいです。
カテーテルが入り心臓で治療が行われてるのがわかりました。

しかし苦しさ以外は痛みもなく 手術も無事に終了しました。
手術直後からは10あった苦しさも3程度と 時間の経過とともに収まりました。

翌日には沢山のお供(機械)と集中治療室から一般病棟へ移動 ここの病院は循環器専門だからなのか 病室が広いのにベットが5台ベット間のスペースがやたらに広いんですね。 たぶん色んな機械を入れるからなんでしょうね。

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私のベットからの眺め 手前は道路ですが山が目の前でにあり景色は良かったですね。

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病院内は何処も綺麗で広く新しく 気持ちの良い所でした。

入院してから3日は ベットから出られず トイレも尿瓶で 大は出ませんでした(^O^)
身体には24時間の点滴と心電図の吸盤みたいなもの ベットの横にはサイドモニター 鼻には酸素吸入用の管が
ちょっとでも寝ているときに心電図の吸盤みたいなのがズレると ナースステーションから看護師さんが来ていました。

3日目以降はモニターも点滴も外され ベットからトイレまで移動可能に 移動する際には小さな酸素ボンベを従えてですが やはり排出はトイレがスムーズですね(^O^)

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後で長男君が先生から聞いた話では 心臓の筋肉が壊死した部分があるものの 他の血管を丈夫にすれば大丈夫だととの事。
しかし人間の生命活動を維持する心臓に壊死した部分が有るなんて 穏やかではないです。

さて今回の病気で分かった事が 人間いくつかの分岐点があるのでは という事。
あの時 もし国道ではなく、山側の道を走っていたら 家までたどり着いたのか もし家に帰って布団に入り病院に行かないで 寝て様子を見ていたら もちろん当時の私は最強に苦しんではいましたが 気持ちは常に前向きに 死などは考えも及びませんでした。しかし見方を変えれば あの分岐点で間違った方を選んだら 今こうしてブログの更新は出来なかったですね。

それから 家族です。
家族の大切さを 再確認した次第です。
感謝の気持ちしかありません。

ママ 長男君 次男君 猫達 ありがとうね。

さて話が長くなりましたので コメント 訪問して頂いた皆さんへは これからぼちぼちお礼のコメントをさせて頂きますので よろしくお願いいたします(^O^)


コメント

Secret

おかえりまさい!
大事に至らなくて、本当に良かったです。
素早く対処されたのが功を奏しましたね。
もうご心配はないと思いますが、どうぞ今後は予防することを大切になさってください^^

おかえりなさい!
ふと・・・もしかしたら・・puさん何か大変な事になってるんじゃないかと 内心心配していました。
良かったです。お元気になられて・・・
でも無理しないで ボチボチ参りましょう

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ある意味奇跡の生還と言えるでしょうか。
何にせよ無事で何より。
そちらは空気もいいでしょう。
無理せず養生してください。

おかえりぃ~

おかえりなさ~い!

そんな大変なことがあったんですね。
ビックリです。
ブログは休憩されてるもんだと思ってましたから・・
でもご無事で良かったです。

私も病気になったら親父に感謝するのかなぁ~

pu-さん、これからも楽しいブログを拝見したいので
健康管理を頑張ってくださいね~ (#^^#)

No title

こんにちは♪

私も最近ブログをさぼりまくっていて、
久しぶりにお邪魔したら、本当に驚きました。
でも他人事の話ではないよなって・・・
様々な判断が、結果的には一番良い選択だったこと
本当によかったですよね。
猫たちは人人をよく見ていますから、puさんの
異変を感じ取っていたんでしょうね。
今は退院してるということで良いのかな?
無理はされない様にして下さいね~。
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おいらは ヒグマのプーだよ
プーさんじゃないよ

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